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Webコラム一灯

 国技の品格

2008/02/11

   郊外の町に住む知人の実家の代々の家業は駄菓子屋でしたが、表通りに面していないためコンビニ進出を受けて看板を下ろしたといいます。最近、昭和ブームが話題ですが、「駄菓子屋」に郷愁を誘われる向きは少なくないでしょう。さして豊かでない時代、さまざまな幼い渇望を癒し、ヒーローとともに棲息できた空間だからです。子どもたちが喜ぶ菓子類や玩具などが狭い店先に並べられていましたが、めんこ(面子)は“主力商品”の一つでした。風圧で相手のカードを裏返したら勝ち、といった一般的な遊び方は簡単そのもので、ゲーム性もありました。


   めんこコレクターの生意気盛りが、一人二人は界隈にいたものです。円形や長方形のボール紙には、武将や軍人、俳優・役者などが描かれていました。相撲の力士も欠かせないモチーフで、横綱、大関などの化粧まわし姿を手に入れては悦に入っていました。自称相撲博士にとって、力士は雲の上の存在であると同時に、連帯を寄せる身近な英雄でもあったのです。


   錦絵にも、力士は登場します。肩の筋肉や二の腕の隆起が強調され、まわしを締めては剛毅であり、着流し姿はいかにも粋でした。取り組みの場面などは、強さとともに品格が浮き出る美しさが印象的です。凛然としつつも温和な表情を、錦絵から飛び出したようだと形容される力士もありました。相撲取りは、時代を超えて日本人がはぐくんできた、典型的な英雄なのでした。


   国技・大相撲は、何と言っても特別です。初場所千秋楽、優勝をかけた白鵬-朝青龍戦は、両力士ともモンゴル出身とはいえ、東西の横綱ががっぷり四つ、相星で渡り合う大一番となりました。あの一つの取組で、不祥事続きの角界が、再生に向けて息を吹き返したと言われました。名勝負がいかに大事かをあらためて証明したようなものでした。その矢先の、この事件です。


   時津風部屋の序ノ口力士が昨年6月、けいこ後に急死しました。当時の親方や兄弟子らから、あろうことかビール瓶や金属バットで殴られたとされます。しつけだったとの主張は覆され、制裁目的の暴行だとして逮捕されるに至ったのです。17歳の若者に加えられた陰湿、残虐極まりない暴力。支配と被支配。身辺に捜査が迫って以降の口裏合わせ。人の道を外れた暴虐は、かつての力士や25-22歳の現役相撲取りによって引き起こされたのです。


   69連勝を記録して、不世出の名横綱と称えられる双葉山に連なる名門部屋の栄誉は一瞬にして瓦解しました。相撲協会が組織としてこうむった打撃は当然の責めだとしても、国技の歴史に拭い難い汚点が刻されたのです。土俵は神聖な場だとされますが、修行に名を借りた凄惨なリンチが行われたとすれば、社会の荒廃をも増幅しかねません。


   「蹲踞(そんきょ)」という言葉が好きです。「相撲や剣道で、つま先立ちで深く腰を下ろし、十分ひざを開き、上体を正した礼の姿勢」(大辞泉)です。危険な格闘技、力と力がぶつかり合う厳しい勝負の世界だからこそ、ぐっと抑制する心、礼節が欠かせないのです。好角家の胸に抱かれてきた英雄像が、事件で汚されてしまったことも悔やまれてなりません。 

 (鮟鱇)




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