∋ 日航機墜落事故に遭遇した新聞社の内部を描いた「クライマーズ・ハイ」や「半落ち」などの警察小説。新聞記者出身の作家・横山秀夫さんの作品は、息詰まる緊迫感と人情味がにじむストーリー展開で読者をぐいぐいと引き込んでゆく力技が特徴です。ディテールにも独特の視線が向けられ、うならせる描写があります。最近読み終えた「影踏み」の冒頭「消息」には、「三月二十二日付社会面-。四コマ漫画の下に大きくスペースを割いた囲み記事が載っている。」といったくだりがあります。四コマ漫画といえば、紙面左上部、その下のスペースはトップとは異なった意味で社会面の中でもよく目立つ位置と分かります。そこに据えられた囲み記事なら……。
∋ 紙面はもちろんニュースを中心に記事や写真で埋められますが、新聞文化の一様式として定着しているのが、一コマ(風刺)、四コマなどの漫画です。特に社会面の四コマは、各紙それぞれに人気コーナーになっています。長期連載が単行本化され、日本の漫画史の一角を占めてきた作品もあります。新聞が届くと、どこより先に四コマに目を通すという読者、切り抜いてスクラップブックに貼り付けておくという熱心なファンもいます。
∋ 横浜情報文化センター内のニュースパーク(日本新聞博物館)が2003年11月-2004年2月にかけて開いた「新聞漫画の眼-人 政治 社会」に合わせて発行された同じタイトルの図録が手元にあります。1860年代末-1970年代まで、ポンチ絵から始まって新聞漫画史を通しで眺める展覧でした。“1902年、時事新報に「時事漫画」欄が創設されたころから新聞漫画が本格化した”ようで、この時点からでも一世紀余の歴史を経ているわけです。
∋ 図録の解説文で、こんな事実を知りました。サンフランシスコ講和会議に朝日(清水崑)、毎日(横山隆一)、読売(近藤日出造)と、大手紙が「カメラマンでなくて嘱託漫画家を派遣し、記事とスケッチで会議の模様を送信させた」というのです。写真は確かに歴史を正確に写しとりますが、その場の空気を伝えるのに、漫画という手があったわけです。漫画家も、新聞が使命を果たす一翼を担っていた証左です。
∋ 風刺、批判、ユーモアは漫画特有の味付けです。政治や社会の不正非道や矛盾に鋭く切り込む一コマ漫画では、登場人物がだれであり、どのように描きとられているかが問題です。“似ている”ことがまず要件ですが、同時に作者一流のデフォルメによって背景や事態を哀歓、皮肉、怒りを込めて、より真実に、切実に浮かび上がらせることもあります。主張があまりに真っ正直、単調では漫画にならないし、訴える力も弱くなってしまうのです。
∋ 風刺漫画の父といわれる近藤日出造の作品を通して戦中戦後の激動の時代をたどる作品展が、日本新聞博物館で開かれています。漫画社の画文冊子がガラスショーケースに収められていました。近藤が寄せたタイトルが奮っています。「心配にっぽん わめかせてもらいます」というのです。庶民の立場、視点で時々の政治、政界を眺めると、どうしても反権力、反権威の気分になります。彼は、仕事の道具、何の変哲もない毛筆と硯に向かうと、比類なき批判者になるのでした。
∋ 当時の権力者はなぜか独特の風貌で隙もあり、斬られやすくみえます。吉田茂、鳩山一郎、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄、三木武夫、福田赳夫らの宰相を思い浮かべると、現代にのっぺりと佇む存在感の乏しい諸侯と異なり、アクが強く表情が豊かでした。漫画のネタにされる側が、血気盛んで十分に挑発的でした。描く側の意欲を刺激してやみません。さまざまに評価は分かれるにしても、彼らが手がけた政治には、流儀や作法がありました。ここで、ねじれ状況で一段とレベルダウンしているようにみえる現下のうそ寒い政治に思い至ります。リーダーと目される人々は、駆け引きにかまけて大状況を見失っています。
∋ 展示されている一コマ作品には、薄い鉛筆書きで「天地二十八倍」「←幅47→」などいう業界用語がみられます。編集者が、紙面の中での扱いの大きさを指定している、その名残りです。たかが一コマ、されど一コマです。漫画が、文字で埋まった紙面に放り込まれると、俄然存在を主張するのです。「わめかせてもらいます」。かくして、紙面は活性化するのです。
(鮟鱇)