∋ メディアの世界では、記者の仕事の要諦とは何か、しばしば議論になります。新人が入社してくるこの季節、研修などで講義をしている光景が目に浮かびます。さまざまな意見があります。特ダネをとるハンターには、ニュースを嗅ぎ分ける鋭い感性が欠かせません。バックグラウンドとなるのが、時代を見通す知性や教養です。情報をつかんで記事を構成、執筆する際の武器は取材力、文章力です。ただ一個人がすべてを習得、体現するのは至難のわざです。
∋ 知識や情報を入手する技能が求められます。人の、つまり幅広い分野の専門家などの話を「聞く」ことが重要な意味を持っています。「インタビュー」がその出発点となります。記者は、よきインタビュアーたれといわれるゆえんです。話術の巧拙のことではもちろんありません。取材対象から高度な情報を引き出すためには、この相手なら話してもいい、この相手にこそ話したい、と信頼してもらうことでしょう。そうした関係を日ごろから培っておくことなのです。正面からの公式な対話ばかりでなく、本音を交えたやりとり、人柄まで熟知しての付き合いが必要です。「職務上の質問」には、そうしたノウハウが蓄積しているのです。
∋ こんな経験があります。中年の警察官と面談する機会でした。携行した封筒を机に置いていたら、中身の書類が、わずかにのぞいていました。別れ際、書類の表題がなにげない会話で取り上げられました。怪しい内容ではなかったのですが、観察の所作には全く気付きませんでした。先日は初めて訪れた土地で、目当ての施設を地図を頼りに探していました。案内の看板はなく、しかも車の運転を気にしながらですから、要領を得ません。同じ道を何度か走行中、歩道に巡らのお巡りさんがいます。近くに停車すると、さも待っていたかのような風情で「どうしました」と応対してくれました。走行の様子から不審車両に見えたということでしょうか。
∋ 茨城県土浦市の8人殺傷事件は、その不条理さとともに、捜査の失態が指摘されています。「早く捕まえてごらん」と挑発する容疑者を、十分に警戒していたはずの警察が見逃し、被害の拡大を招いてしまったからです。容疑者が立ち回りそうな駅には、改札やホーム、ロータリーに8人の私服捜査員が配置されていたのですが、変装を見抜けず、あまつさえ捜査員も襲われたのでした。無線機を持たず相互の連絡も遅れたのは、油断でしょうか、態勢が徹底していなかったのでしょうか。
∋ 職務質問は、治安をあずかる警察の捜査の根幹をなす技量です。静岡県警が、職質と巡回連絡の実務経験が豊富な技能指導員の指定を行った、という記事が静岡新聞に出ていました。この制度によると、指導員は地域警察官と現場に同行するなどして技術を指南し、若手の戦力化と技能の伝承を図ります。幹部は、技能の上達は汗をかいた経験の数で決まると、訓示したとあります。まさに、その通りだと思います。
∋ 現場経験を重んじる分野では、伝統の職人気質があって、有能な人材は「一人で育つものだ」などという言い方がされてきました。確かに、先輩の背を見て自ら学ぶことが前提なのは分かります。同僚やライバルより一歩先んずるのは、使命感や情熱とあいまって、プロとしての成長の要件です。そうだとしても、「一人で育つ」のを期待するのは、楽観が過ぎるようにも思うのです。飢餓感、厳しい躾の中で培われた自立志向の職業観は既に過去の遺物になりつつあるようです。よく言われるマニュアル世代に、どのように技術を伝えるか。ことはそんなに簡単ではありません。採用方法から始まって、研修・教育まで、時代に則した発想をしないと、ほぞをかむことになりそうです。職質などはさしずめ、その典型かも知れません。
(鮟鱇)