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Webコラム一灯

 ほんとの出会い

2008/04/26

    東京出張でしばしば利用するJR新橋駅には、大都会の喧騒に似合いの露店が出ることがあります。古本屋めぐりを趣味にしている身としては、青空古書市となると素通りできません。楽しみの一つですが、なにせ会議の予定を抱えていては、慌しいことこの上ありません。駅前広場にぎっしりとしつらえられた棚に単行本や文庫、美術の変型本などが詰め込まれています。1冊、2冊と売れると、店主がすかさず隙間を埋めてゆきます。客は、中年のサラリーマン、高齢者、それも圧倒的に男性が多いようです。

 ∋  膨大な数、しかも店によって出品ジャンルに特徴があるにせよ、一定のルールに則って並んでいるようにはみえませんから、“欲しい本”を捜し当てるのは至難の業です。それでも古本の独特なにおいに誘われ、改札口寄りの棚からのぞき込もうとしたら、1冊の本の背表紙がそれこそ光ってでもいるように見えて、釘付けになりました。

 ∋  「文化のフェティシズム」。丸山圭三郎著。不思議な縁のある本です。まずタイトルにひかれて2004年2月に入手、当時書いていたコラムで取り上げたことがありました。皇族詐称の裁判を話題にしたのでしたが、“文化の病い”に触れた著者の文章が印象深く、引用させてもらいました。現代文化の特徴として「本物の喪失」を挙げ、「もどき文化」「複製文化」といった偽物の横行を指摘したくだりでした。文化を解剖した言語哲学の洞察は示唆に富み、刺激を受けました。その後、異動の際であったか、紛失して気にはしていたのですが、その本をまさに偶然、古書市の品揃えに発見したのです。興奮を抑えることができませんでした。ていねいにビニールカバーで覆われ、裏表紙の正札には、自由が丘の書店の名がありました。中身はもちろんですが、本という様式、形の意義をこの思いがけない“再会”で回復した気分になったのです。

   ウェブというインフラに活字情報が無尽蔵に流れる時代、携帯サイトで小説を発表し読む時代。出版の形態としての書籍は消滅するのではないか、と悲観論がささやかれています。いや逆で、ネットの普及に符節を合わせるように、自費出版がブームなのだ、と出版界に詳しい知人に聞いたことがありました。自分史を書籍化するそうです。反書籍のごとくみなされているケータイ小説をあらためて本にしたらベストセラーになった、といった話もあるようです。結局、「本」への希求は不変ではないのか。

 ∋  雑誌の定期購読をしている書店が届けてくれる「本の旅人」という冊子に、「夕暮れ書店」と題するエッセーを作家の小手鞠るいさんが書いていました。洋書売場でパートタイムで働き小説家を目指していた彼女は、英訳のバス路線図を探していた外国人青年と運命的な出会いをします。「書店さんとは、切っても切れない縁がある」と、自らの体験を記し、会社の帰りに書店に立ち寄って、読みたいと言っていた本を探してみよう、と本好きに呼び掛ける内容の自作の詩を紹介しています。博覧強記、本の虫で知られる友人が、読書日記を自費出版した、と送ってくれました。タイトルが秀逸です。「ほんのちょっとだけ」。この慎みにこそ、不思議な邂逅が秘められていると思うのです。
                                                                             (鮟鱇)
                                                                                 



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