∋ 試みに作品の傍らに立ってもらいました。メジャーを持参したわけではないので、正確な寸法は分かりません。それでも、とにかく大きい。背丈の2倍はあろうかという高さ、長さもおとな何十人かが並んだくらいでしょうか。静岡市在住の書家柿下木冠さんを「第4回抱一大作展」開催中の東京銀座画廊に訪ねました。展覧には、抱一会員22人が出品していますが、文字通りの大作がそろいました。横幅5メートル以上の作品もあるといいます。
∋ 柿下木冠「流光」は、故郷である静岡県川根本町の自然をモチーフにしているようです。細い山道を、時折りの標識を頼りに柿下さんの生家に向かったことがあります。幹線を折れて20分ほども走ったでしょうか。山の斜面に木造の家は佇んでいるようにみえました。登りの小道では、山林の樹間からの太陽光を受けました。柿下さんは、「流光」制作意図について、「中畑峠から林間を縫うように月光は流れくだる」と記しています。「月の光が流れる」イメージそれ自体が、緩やかに曲がり動いているような墨線に表現されています。
∋ 偶然の符合か、出展作には自然への畏れ、尊敬や共鳴、憧れを主題にしたものが多いように見うけました。自然の懐に分け入って自分を一体化したいという希求の表れでしょうか。もちろん苦悩や苦痛を秘めた表情もあるはずですが、筆はその時々の作者の心象や感懐を巨大な文字に解き放っているように思います。その迫力に圧倒されそうです。
∋ 柿下さんは4月下旬、コロンビアで書展や書道のデモンストレーションを行ってきました。修好百周年を記念して、同国最大の文化行事とされる「ボゴタ国際図書展」に日本が特別招待されました。日本文化の神髄を広める趣旨で、書の展示だけでなく実作、講演を依頼されたのでした。同時通訳者がつき、彼女はネットで柿下作品「六本木」などを下見していたといいます。が、実際には制作過程での殊更の説明は不要でした。
∋ 書の題材を求めて柿下さんは、市内を取材し街の空気を体感しました。その上で、即興にゆだねてイメージを文字化する創作場面も披露したようです。高地にあって「太陽光の密度が濃い」と感じたといい、そのため墨とともに朱を使いたくなったそうです。こうしてボゴタに生まれた書作品は、造形美術としての普遍性を得てコロンビアの初心の鑑賞者に訴えたのでした。川根本町の月光もボゴタの樹木も花も、グローバルな創作を刺激し、だから感銘を与えたのです。
(鮟鱇)