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Webコラム一灯

 遍在する戦場

2008/08/14

 ∋  「民族浄化」は、「ethnic cleansing」の和訳だそうです。民族を非人道的手段で排除する残虐行為を生んだことで知られるボスニア・ヘルツェゴビナ紛争当時のセルビア人勢力の指導者ラドバン・カラジッチ被告が、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で裁かれています。ジェノサイド(大量虐殺)を指揮したとされる大物戦犯は、拘束されるまで偽名、変装で潜伏していましたが、犠牲者の家族らにとって記憶が途切れることはなく、10年以上を経て、内戦の悪夢が再び白日のもとにさらされるのです。

   ボスニア紛争を描いた、2001年公開の「ノーマンズ・ランド」をビデオで鑑賞しました。2度目ですが、やはり胸に迫る反戦映画です。深夜の霧の行軍から、ノーマンズ・ランド(中間地帯)の塹壕に残されることになったボスニア軍兵士と負傷兵、斥侯に出たセルビア側の新兵が主要な登場人物で、殊更の戦闘シーンなどはありません。憎悪はもちろん克服しがたいのに奇妙な共感すら漂う関係が生じ、会話には諧謔、ユーモアが挿入されています。

   不思議な安定はしかし、非情な現実の上にあることがすぐに判明します。そこは、「戦場」なのです。死んだと思っていた兵士は生きています。負傷した彼を救おうにも動かすことはできない。仰向けに横たわる彼の体の下には、ジャンプ式の地雷が仕掛けられており、わずかでも移動しようとすれば爆発は免れないのです。この極限状況で彼が便意をもよおす場面は印象的です。国連防護軍の爆弾処理班も救出をあきらめざるを得ない。解決の手段はあるのかも知れないが、実行できない。

 ∋  人間には何が可能なのか。防護軍を蝕むのは官僚主義と無責任、傍観です。「我々は不干渉だ」という上層部の指示は、中立=ニュートラルを守ろうというのではなく、事なかれ主義です。戦場の現実を放置したままの撤収。現場指揮官の苦悩に、「気持ちは分かる。だが、君が尽くしても何も変わらん」という言葉が覆いかぶさるのです。どうにも変えようのない戦場を生み出してしまう人間の愚かさ、繰り返される愚行が浮かび上がります。

 ∋  アジアの時代を謳歌する若者のスポーツの祭典・北京五輪が幕を開けたまさにその日、戦闘が勃発しました。グルジアからの分離独立を主張し紛争状態にあった南オセチア自治州に戦車が進攻しました。ロシアの軍事介入で、カフカス情勢は一気に緊迫したのでした。政治にもまれる平和の祭典の苦悩を象徴する事件です。チベット、新疆ウイグル自治区問題をめぐる騒乱、テロが大会に影を投げかけています。イラクでの流血は絶えません。近代都市に「戦場」がないかといえば、「だれでもよかった」と殺意を秘めた凶器が血に飢えているのです。心の荒廃が大都会に戦場をもたらしています。抑制を失った経済戦争、拝金主義がもたらす悲劇は、市場がある種の戦場だと物語っています。現実を認識することから始めなければなりません。
                                                                                               

(鮟鱇)




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