∋ 配偶者のことを「つれあい」といいます。大辞泉にある通り、夫婦の片方が他方のことを他人にいう言い方でもあります。「つれあう」は、夫婦になる、連れ添うの意で、行動をともにする同士を得ることとも言えます。それぞれが相手の存在を前提に暮らしている。意識するかどうかは別として、互いを通して社会との絆を結ぶのでしょう。
∋ それですから、「つれあいに先立たれる」のは悲しみもひときわで、喪失感はたとえようもないといいます。殊に男性の場合に深刻で、虚脱状態になったという話をよく聞きます。家事はまかせきりできたから、食事、洗濯、掃除と、日常がたちゆかなくなる。地域社会、コミュニティーへの参加もおぼつなかい。回覧板の順序ひとつにしても分からない。おろおろと戸惑うばかり、などといわれます。
∋ 定年を迎えた男性の例がよく紹介されます。長く勤めれば勤めるほど、職業、職場の枠組みで物事を計ってしまいます。在職当時の常識が近隣の常識でもあると誤解してしまい、さらに困ったことにその誤りを正面から指摘してくれる人もいないとなると、孤立するしかないのです。そんな時、つれあいは恐らく地域への架け橋となるでしょう。
∋ 内閣府の「高齢者の生活実態に関する調査」が報道されていました。胸に迫る重い統計です。独居男性の41.2%が「2、3日に1回以下」しか会話していないというのです。独居高齢者のうち「頼れる人がいない」という回答が、女性の9.3%に対して、男性は24.4%にも上ったのです。この驚くべき数字をさらにみると、「2、3日に1回以下」のうち「1週間に1回以下、ほとんど話をしない」という人が11.8%に達していました。独り暮らしとなった理由はそれぞれでしょうが、いずれにしてもこの高齢化社会で、男性が社会的に孤立している現状を浮き彫りにしているという分析です。
∋ 地域社会への参加に関する意識でも、近所付き合いで「親しく付き合っている」とこたえた人は43.0%で、前回2003年調査に比べ9.0ポイントの減。1998年の第1回調査以来の最低だそうです。散歩にフィットネス、ガーデニング、水泳に手芸などと早くから趣味やスポーツに取り組む女性は、見た目にも元気です。ボランティア活動に生きがいを見つけたといった話も伝わってきます。既に一定のサークルが構築され、その点でも男性の孤立が心配なのです。
∋ 夫婦というパートナー、家族という絆を維持して長い人生を送れれば最良ですが、常にそうとは限りません。コミュニティーと「つれあって」ゆくことがますます大事になってきます。つれあいというパイプを通じてそうなれば、なおさら結構です。相談事業なども展開されているようです。臆することなく利用してみるのも手です。自らの人生とつれあってゆくモデルは千差万別でしょう。ただ、いざその段になって急きょ、というわけにはゆきません。若いうちから心がけていなければなりません。
(鮟鱇)