
踊りや歌で夜の席を華やかに彩る芸者衆。県内では、熱海をはじめとする温泉地でその名を知られていますが、ひと昔前までは都市部など各地にも芸者が所属する置屋があり、「芸者文化」を築いていました。
しかし、その芸者文化も不況のあおりや時代の変化を受け、衰退の道をたどりつつあります。活動の場となる料亭が減少、後継者不足-。厳しさを増す環境の中で、「芸者」としての誇りを胸に、ひたむきに生きる姿を、静岡市の清水地域に取材しました。

国の特定重要港湾・清水港を擁し、物流の拠点として発展してきた清水地域。港の発展とともに清水の花柳界も賑わいを見せてきました。高度経済成長期の1960年代は約150人もの芸者が所属するなど、清水の花柳界も活況を呈していましたが、その後は時代の流れに呼応するように規模が縮小し、現在ではたった11人が活動するだけとなってしまいました。この間、1991年には会社組織で芸者を育てることになり、地元の経済界が支援してきましたが、13年後の2004年には組織も清算。若手芸者の着物やかつら、はたまた口紅1本まで面倒を見てきた会社の清算で、後継者の育成にも支障を来すようになりました。

清水地域の中小企業経営者で組織する清水商工会議所の異業種交流会。若手芸者に芸の発表の機会を提供しようと、月1回、お座敷の場を設けています。清水の「お座敷文化」を育ててきたともいえる老舗料亭「玉川楼」の閉鎖を受け、今年4月からは区内の料亭「大花」に会場を移し、「サークル大花」として再スタートを切りました。
会のクライマックスは芸者衆の踊りや歌、鳴り物などの芸。参加者は若手芸者を見守るようなまなざしで見つめ、場の雰囲気を堪能していました。芸者が客と粋な“寸劇”を繰り広げる酒席ならではの「お座敷遊び」も披露されました。
会員は「清水に残る大事な文化。何としても残さなければならない」「1人でも多くの人がお座敷の場を体験してもらうことで、芸者衆に対する理解が広がれば」などと話し、伝統文化の行く末に強い危機感を表していました。

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静岡鉄道の新清水駅近くにある清水芸妓置屋共同組合。事務所の2階に芸者のけいこ場があります。三味線や歌に合わせ、若手芸者3人が先輩芸者に踊りの指導を受けていました。「手本」となる先輩芸者の手のしなり、足の曲げ具合。細かいしぐさを見逃さぬよう必死に目で追いながら自分の舞を確認する若手芸者。地方(じかた)と呼ばれる鳴り物担当の先輩芸者からも容赦なくげきが飛びます。派手で華やかなイメージのある花柳界ですが、表舞台のお座敷に立つには、厳しいけいこで芸を自らのものにしなくてはなりません。
3人の若手の中央で踊っていたキャリア15年弱の「てまり」さんは、「芸者になって他人を敬う気持ちが育った。人間的に大きくなれたような気がする」と言います。古き良き日本女性のつつましさ、奥ゆかしさが伝わってくる話し方、立ち居振る舞いからは、誇りをもって芸と向き合う姿勢も感じとれました。これも、先輩芸者から受け継がれた大事な「伝統」なのでしょう。


各地で芸者文化が消え失せる中、なぜ、清水地域には残ったのか―。港町・清水の経済基盤なども背景にありますが、彼女たちの芸に対する真しな姿勢、絶え間ない努力にこそ、その要因があると感じました。後継者不足など厳しい環境下ですが、少しでも多くの人が彼女たちの活動に理解を示し、伝統文化を守る意義を感じてくれたらと願っています。