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おとな派 読み物

【寄稿・わが至福の時】「登山と温泉」

2006/11/28



(写真1)熱湯が湧き出す祖母谷地獄
 山登りの後の温泉ほど贅沢な楽しみはない。3日も4日も山小屋泊まりを続けて汗まみれになり、疲れきった体を温泉の湯船に投げ出したときの快感は名状しがたいものがある。冬は寒風にさらされて感覚が鈍くなった手や足の先からジーンと染みわたる温もりに、思わず「気持ちいいー」と叫んでしまう。心の中にも「ホワーッ」と極楽の赤い色が広がっていくような気がする。
 山登りの後の温泉を初めて体験したのは、中学生のときだった。登山の魅力を教えてくれた伯父に連れられて、身延の七面山から安倍奥の八紘嶺、梅ヶ島温泉を歩いた。登山道には雪が残っていたから冬か春先のことだったのだろう。50年近く前のことではっきり覚えていないが、登山のための服や靴などはなく、学生服とズック靴姿だったように記憶している。

                      

 

(写真2)欅平から祖母谷温泉へは安全のため
ヘルメットをつけて歩く

(写真3)河原に穴を掘った露天風呂

 
 初日は七面山山頂近くの宿坊・敬慎院に泊めてもらい、翌日、八紘嶺まで縦走して静岡に帰る計画だった。ところが雪もあったためか予想以上に時間がかかり、梅ヶ島温泉に下山したときはもう暗くなっていた。静岡への最終バスも出た後だった。ズック靴は雪で濡れ、足先の感覚がなかった。その頃の梅ヶ島温泉には数件の宿があったようだが、最も古くからある梅薫楼に一宿をお願いした。
 風邪を引きそうに体も冷たく、濡れた服を脱いで飛び込んだ温泉は山肌をくりぬいた洞窟風呂だった。ぬるい湯だったが、冷え切った足先には熱湯のように熱かった。どれくらいの時間、体を沈めていただろうか。足先に感覚が戻ったとき、ようやく生き返ったような気持ちになったことを覚えている。
 しっかりした装備もなく雪の残る山に登るという、今思えば無謀ともいえる登山だったが、私の山登りの出発点でもあった。そして、あの時の温泉の温もりは今でも忘れられない。それ以来、どれくらい山登りと温泉の組み合わせを楽しんだことだろう。疲れた体と心を癒してくれるあの快感は、他では味わうことができない楽しみとなっている。

    
 

                              ◆               ◆               ◆



(写真4)紅葉が美しい祖母谷

 

  10月下旬、紅葉も見ごろとなった黒部峡谷の祖母谷(ばばだに)温泉の露天風呂につかりながらそんなことを思い返していた。祖母谷温泉は黒部峡谷トロッコ鉄道の終点・欅平から歩くこと40分。黒部川の支流・祖母谷川沿いにある。山道を歩いてきた人だけが味わうことができる秘湯だ。北アルプスの白馬岳、唐松岳の登山口になっており、山小屋の温泉宿が一軒ある。
 宿には内湯と河原に面した露天風呂があるが、宿から4、5分歩いた祖母谷地獄でも温泉を楽しむことが出来る。河原に湯煙がもうもうと立ち込め、あちこちから湧き出した熱湯が川に注ぎ込んでいる。河原に穴を掘って熱湯と川の水を混ぜて入るのだ。まさに大自然に抱かれた露天風呂。“風紀を乱さないように”と用意した水着を着て風呂づくりをしたが、水が多く入れば冷たいし、湯が多ければ「あっちっち」というわけで温度調節が難しく、のんびり、ゆっくりつかることができなかったのは残念だった。それにしても熱い温泉の垂れ流しは「もったいない」の一語に尽きた。
 水着を脱いで入った宿の露天風呂は祖母谷地獄ではなく、まさに極楽。川の流れの音を聞き、紅葉の山を眺めながらこれまでの山歩きと温泉を思い返すとともに、次の計画に思いを巡らせていた。

(O.K=静岡市在住)


           

  (写真5)祖母谷温泉は白馬岳と唐松岳の
 登山口 

   (写真6)湯煙の中、河原に穴を掘る    (写真7)秋の終わりを告げるダイモンジソウ


 











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