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(写真1)ガスに包まれた白馬岳山頂
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大粒の雨が強い風で叩きつける「バリバリッ」という音で目が覚めた。「いよいよ降ってきたか。こんな風と雨で明日は歩けるだろうか」。北アルプス・白馬鑓温泉小屋の中二階。頭のすぐ上のトタン屋根に間断なく激しく打ち付ける雨音に不安が募る。「台風が早く遠ざかってくれればいいのだが」。心配な雨音を聞きながら再び眠りに落ちていた。
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(写真2)雪渓をトラバースして白馬鑓温泉小屋に 向かう
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(写真3)ガスがまとわりつく白馬岳山頂 =小蓮華山付近から |
北アルプスの北端にそびえる白馬岳(2932メートル)は登山愛好家の中でも最も人気のある山の一つだろう。標高差約600メートルに及ぶ大雪渓があり、わが国に生育する高山植物の半数以上が見られるという高山植物の宝庫でもある。さらに登山ルートによっては標高2100メートルの白馬鑓温泉、1500メートルの蓮華温泉と山の中の秘湯を楽しめる。アクセスも比較的容易とあって人気が出ないわけはない。北アルプス入門の山といわれ、白馬岳に登って山の魅力に取りつかれたという登山愛好家は多い。
わが妻もその1人だ。21年前の夏、山のベテランの友人に連れていってもらった初めての本格登山が白馬岳。好天に恵まれ、素晴らしい山岳景観と咲き乱れる高山植物を堪能した。大雪渓の登りも楽にこなし、体力的にも自信を深めた。「ビギナーズ・ラックではないが、こんなに天気や花に恵まれた登山はそうあるものではないよ」と友人から釘を刺されたが、以来、山にはまった。
私が白馬岳に登ったのはそれから3年後のこと。妻にとっては2度目で、大学生の長男、高校生の長女を連れての家族登山だった。この時も天気に恵まれ白馬岳の魅力を満喫した。大雪渓を登り山小屋に1泊、小蓮華山、白馬大池を経て栂池に下る最も人気のあるコースをたどった。その時以来、白馬鑓温泉から白馬鑓ヶ岳(2903メートル)、杓子岳(2812メートル)、白馬岳の、いわゆる白馬三山を経て蓮華温泉に下山する、山といで湯と花を楽しむコースをいつか歩いてみたいと思っていた。
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(写真4)白馬鑓温泉の足湯で疲れを癒す登山者
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(写真5)雪渓を見下ろす白馬鑓温泉の露天風呂
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朝4時半、白馬鑓温泉小屋で目覚めると雨音はなく、温泉の流れる音が遠く聞こえるだけだった。「これは」と期待して外に出てみると雨はなかったが深い霧が小屋を包んでいた。ラジオの天気予報は台風5号がまだ能登半島沖をゆっくり北東に進んでいることを告げていた。
8月の初め、台風5号の動きを気にしながら、いで湯を楽しむ白馬三山コースに出かけた。初日の天気はまずまずで、白馬岳の登山基地・猿倉から小日向のコルを越え、雪渓4カ所をトラバースして汗を流すこと約5時間。白馬鑓温泉小屋前の沢から上る湯煙が登山者を迎えてくれた。標高が2000メートル以上もある山小屋で温泉に入れるなんてこの上もない贅沢だ。熱めの湯がとうとうと流れ落ちる露天風呂からは眼下に雪渓を眺め、遠くにうっすらと頸城山塊を望むことができた。
夜来の強い雨は上がり濃いガスの中で迎えた2日目。台風5号の動きを気にしながら三山縦走に踏み切った。クサリ場を慎重に越えて着いた花の名所・大出原では尾根から急流のように流れ下るガスが満開のチングルマを激しく揺らしていた。
三山縦走の尾根に出ると西側斜面からの小雨交じりの強風が頬を叩いた。白馬鑓から杓子、そして白馬と強風と白の世界を黙々と歩くこと約6時間。昼過ぎには白馬岳山頂下の山小屋に入った。天気が回復する様子はない。山小屋の冷たく湿っぽい布団に入って寝るしかなかった。
台風は去ったが3日目の朝も深いガスが山を包んでいた。登山者でにぎわう白馬岳山頂はガスが流れるだけで展望はなかった。「残念」の気持ちを山頂に残して白馬大池に下る尾根道でようやく晴れ間が見えるようになった。「獲物に跳びかかる豹のような精かんな姿をちょっとでも見せてほしい」。期待を込めて何度振り返っただろうか。しかし、振り返っても、振り返っても、振り返っても白馬岳はガスをまとって姿を見せてくれなかった。一緒に歩いた仲間が自らを納得させるように言った。「姿を見せないのはまた来てほしいからだよ」。山頂は踏んだが姿を見ることができない白馬岳を背に「また来る時には笑っておくれ」と雪山讃歌の歌詞をちょっぴり変えて口ずさんでいた。
(O.K=静岡市在住)