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おとな派 読み物

【寄稿・わが至福の時】初秋の奥穂高岳

2008/09/24

 山好きに高い人気を誇る奥穂高岳山頂を独り占め。しかも晴天の下、360度の大展望をほしいままにして―。
 こんな贅沢は望んでもなかなか得られるものではない。9月中旬、上高地から奥穂高岳(3190メートル)、涸沢岳(3110メートル)を目指した2泊3日の山旅は、その贅沢を思う存分に満喫させてくれた。
 奥穂高岳登山は1990年7月以来18年ぶりのこと。前回は妻と高校生の長女を同行しての家族登山で、上高地から涸沢を経て穂高岳山荘に泊まり、翌日、奥穂高岳、前穂高岳(3090メートル)に登って岳沢を上高地に下った。初日はまずまずの天気だったが、2日目は小雨交じりの濃いガスに包まれて山頂からの展望はまったく得られなかった。それだけにもう一度、奥穂高岳を訪れ、好天の中を山頂に立ちたいと思っていた。
 その思いを実現できたのは義兄からの誘いだった。「今週はしばらく天気が良さそうだ。穂高に行かないかい」「仕事の予定もないし、行きましょうか」。山行計画はすぐに決まった。グループ登山やツアー登山ではこうはいかない。
朝日に輝く奥穂高岳

朝日に輝く奥穂高岳


上高地・河童橋からの穂高連峰

上高地・河童橋からの穂高連峰

涸沢カールの向こうに沈む太陽

涸沢カールの向こうに沈む太陽

 夏山シーズンが終わり、紅葉までには間があるこの時期は比較的静かな山歩きを楽しめる。登山基地の上高地は観光客の大きなにぎわいもなく、河童橋の向こうにこれから向かう穂高の峰が朝日に輝いて迎えてくれた。
 涸沢までは河童橋から約6時間の道のり。涸沢カールに立つと穂高連峰の岩稜が圧倒的な壁となって迫る。天空に鋭く突き上げる岩峰は「ここまでおいで」とクライマーを誘惑しているようだ。まさに「日本アルピニズムの殿堂」と形容されるにぴったりの荘厳な景観に言葉が出ない。この日の宿、涸沢ヒュッテの静かなテラスで生ビールのジョッキを片手に時間がたつのも忘れて眺め続けた。太陽が岩壁の向こうに消え、岩峰群が黒いシルエットになると、寒さが一気に押し寄せてきた。
 翌朝、その岩壁が赤く燃え、この日の好天を約束してくれた。涸沢カールの真ん中を横切り、映画のスクリーンのように広がる岩壁のほぼ中央を一直線に主稜線を目指すザイテングラードに取り付く。急登の連続に息が弾む。カールの底が見る見るうちに足元から遠ざかり、穂高岳山荘前に飛び出す。
 ここから奥穂山頂までは一登りだが、岩壁を鎖とハシゴを頼りに登る難所が待ち構える。登り下りのすれ違いが出来ないため、シーズン中はここで大渋滞が起きる。すれ違う登山者もなく岩壁を登りきって振り向くと、奥穂とともに北アルプスの人気を二分する槍ヶ岳が稜線の先に鋭峰を見せていた。

 大展望の待つ山頂はもうすぐだ。はやる気持ちに足取りも軽くなる。するとちょっと先の登山道脇で砂が舞い上がった。風もないのになぜ砂が、とよく見るとライチョウが砂浴びをしているではないか。今年育った若鳥だろうか。6羽もいる。近づいても逃げない。カメラのシャッター音にも驚く様子はない。ライチョウは普通、天敵を避けるため朝夕のほかガスや雨の中を活動するといわれる。晴れた日に一度に6羽も。しかもこんな近くで見たのは初めてだった。
 なんと幸運なことか。心が一段と弾む。
 山頂は後からの登山者が来るまで暫くの間、独り(2人)占めだった。北アルプスの山々はもちろん遠く富士山から南アルプス、八ヶ岳連峰、浅間山、白山まで美しい淡彩画のように浮かぶ。眼下には上高地に梓川の流れが光り、目の前には黒々としたジャンダルムの重厚な岩峰が迫る。「素晴らしい!」。心の中で何度も何度も快哉を叫んでいた。
 山頂からの大パノラマをゆっくり満喫した後、穂高岳山荘まで戻って涸沢岳をピストン、涸沢ヒュッテに下った。ヒュッテ前ではウラジロナナカマドの実が赤く色づいて、これから始まる秋の華やかな演出の幕開けを告げていた。

(O.K=静岡市在住)

涸沢カールの真ん中を登る

涸沢カールの真ん中を登る

砂浴びをするライチョウ

砂浴びをするライチョウ

お花畑の後ろに突き上げる涸沢槍
お花畑の後ろに突き上げる涸沢槍
穂高岳山荘前からの難所のハシゴを登る
穂高岳山荘前からの難所のハシゴを登る
奥穂高岳山頂。左の稜線上に槍ヶ岳が見える

奥穂高岳山頂。左の稜線上に槍ヶ岳が見える

岩峰のジャンダルム

岩峰のジャンダルム

淡水画のように浮かぶ山並み。左上は富士山
淡彩画のように浮かぶ山並み。左上は富士山
赤く色づいたウラジロナナカマドの実
赤く色づいたウラジロナナカマドの実


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