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おとな派 読み物

【寄稿・わが至福の時】秋の陸奥に百名山と秘湯を巡る

2008/10/27

 秋の陸奥(みちのく)に山と秘湯の旅を楽しんだ。山は青森県の岩木山(1625メートル)と八甲田山(1584メートル)、それに岩手県と秋田県にまたがる八幡平(1613メートル)の3山。登山の後は岩木山麓の嶽温泉、八甲田山麓の猿倉温泉、そして八幡平山麓の松川温泉の秘湯でゆっくりと疲れを癒す、まさに至福の山旅。八幡平で深田久弥の選んだ「日本百名山」を登り終えた。同行した妻も6年前に八幡平を最後に、百名山を登り終えている。百名山登山では先輩の妻に感想を聞かれ「山登りを楽しんでいるうちに、いつの間にか百になったというところかな」。心静かな八幡平山頂だった。
八幡平の風景を代表する八幡沼

八幡平の風景を代表する八幡沼


リンゴ畑が似合う岩木山

リンゴ畑が似合う岩木山

岩木山神社奥宮のある山頂

岩木山神社奥宮のある山頂

 好天続きに恵まれた10月中旬、山旅は津軽富士とも呼ばれる岩木山からスタートした。その津軽富士を語るとき、良く引用されるのが太宰治の小説「津軽」の一節だ。「富士山よりもっと女らしく、十二単の裾を、銀杏の葉をさかさに立てたようにぱらりとひらいて左右の均整も正しく、静かに青空に浮んでいる。決して高い山ではないが、けれども、なかなか、透きとおるくらいに嬋娟(せんけん)たる美女ではある」。太宰にとっても生まれ故郷の津軽富士は自慢の一つだったのだろう。津軽平野に伸びやかに裾野を広げた美しい姿を目の前にした時、富士山のある県に住む者としてちょっぴり嫉妬心のようなものを感じたほどだった。

 津軽岩木スカイラインの終点からリフトを乗り継ぐと、そこはもう9合目。岩ゴロの急坂を30分ほど登ると岩木山神社奥宮のある山頂だった。風もなく穏やかな山頂からは霞がかかった津軽平野を見渡すことができなかった。翌日、アップルロードから眺める津軽富士に真っ赤なリンゴが良く似合っていた。

 山旅は紅葉の十和田湖、奥入瀬渓流に遊び八甲田山へ。八甲田十和田ゴールドライン沿線は華やかな錦秋に彩られていた。八甲田山というのは前岳、田茂萢岳、赤倉岳、井戸岳、大岳、小岳、高田大岳など火山群の総称で、最高峰が大岳だ。八甲田ロープウエーで田茂萢岳に登り、赤倉岳、井戸岳を経て大岳を目指した。

 ロープウエーから紅葉の山麓にカメラを向けていると思わず、映画「八甲田山」のテーマ音楽が口をついて出た。新田次郎の山岳小説「八甲田山死の彷徨」を映画化したものだ。小説は1902年(明治35年)1月に起きた青森歩兵第五連隊の雪中行軍遭難事件をドキュメンタリー風に描いている。厳冬の八甲田を演習で行軍中、猛吹雪に遭い参加した210人のうち199人が凍死するという大惨事だった。30年ほど前に制作された「八甲田山」はテレビでの放映を含めて何度か観た。芥川也寸志作曲の哀愁を帯びたテーマ音楽がいつまでも忘れられない。

 広々とした大岳山頂は360度の展望が広がり、北に南に八甲田の山並みが続く。目を落とすと、これから向かう毛無岱の草紅葉が光っていた。厳冬期には山肌のアオモリトドマツが樹氷群となって素晴らしい景観を見せてくれるという。目を閉じてその景観を想像すると、また、死の雪中行軍を描いた映画のテーマ音楽が頭の中に流れてきた。大岳から上毛無岱に下り田茂萢岳に登り返す5時間の山歩きは、命の洗濯をさせてくれた“青空行軍”だった。

 今回の山旅最後の目的地・八幡平に向かう樹海ラインから岩手山が雲海の上に美しい姿を見せてくれた。南部富士と呼ばれる秀麗な岩手山の隣にある八幡平は、岩手山とは対照的に山頂がどこにあるのか分からない高原状の山だ。見返峠直下の駐車場から整備された石畳の登山道を歩くこと30分ほどでアオモリトドマツに囲まれた三角点のある最高点に達した。あまりにあっけない最後の百名山への登りだった。

 深田久弥は著書で「八幡平の真価は、やはり高原逍遙にあるだろう」と記している。八幡沼、ガマ沼、メガネ沼、鏡沼など広大な高原のあちこちに点在する池や沼を愛で、草紅葉の草原をゆっくり逍遙しながらこれまでの山歩きを振り返った時、山からもらった数々の感動にあらためて胸が熱くなる思いだった。

(O.K=静岡市在住)

十和田湖に沈む夕日

十和田湖に沈む夕日

八甲田ロープウエーから見渡す山麓の紅葉

八甲田ロープウエーから見渡す山麓の紅葉

井戸岳から八甲田山の最高峰・大岳を目指す
井戸岳から八甲田山の最高峰・大岳を目指す
八甲田山の最高峰・大岳の山頂
八甲田山の最高峰・大岳の山頂
八幡平山麓の松川渓谷の紅葉
八幡平山麓の松川渓谷の紅葉
八幡平樹海ラインからの岩手山
八幡平樹海ラインからの岩手山
展望デッキの立つ八幡平山頂
展望デッキの立つ八幡平山頂
草紅葉と池塘が広がる八幡平の湿原
草紅葉と池塘が広がる八幡平の湿原

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