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おとな派 読み物

【寄稿・わが至福の時】剱岳 点の記

2009/02/06

 本屋の文庫本コーナーをのぞいていると平積みの中に「剱岳」のタイトルが目に飛び込んだ。新田次郎の「剱岳 点の記」だ。帯に「映画化決定」とある。思わず手にとった。ページをぱらぱらと繰る。随分前に読んだことがある。柴崎芳太郎、宇治長次郎の名前にちょっぴり記憶がよみがえる。三角点設置のため剱岳に登った記録だということは思い出したが、詳しい内容は覚えていない。読み直そうと本を手にレジに向かいかけた。「待てよ。家にあるはずだ」。帰宅して本棚を調べると、単行本があった。奥付に「昭和52年8月30日 第1刷」、同じ年の10月5日に第2刷とある。30年以上前に買い求めたものだった。
 私が剱岳に登ったのは15年前の1993年の夏のことだ。その際、「剱岳 点の記」を読み返した覚えはない。剱岳登山を思い起こし、登山の際持って行った地図を広げながら改めてページを繰った。
夏雲を抱く剱岳(別山から=1993年8月撮影

夏雲を抱く剱岳(別山から)=1993年8月撮影


剱岳山頂=1993年8月撮影

剱岳山頂=1993年8月撮影

剱岳山頂から立山方面の眺望=1993年8月撮影

剱岳山頂から立山方面の眺望=1993年8月撮影

 物語は、それまで前人未踏といわれた北アルプスの剱岳に日露戦争直後の1907年(明治40年)7月、地図作成に必要な三角点を設けるために登った陸軍参謀本部陸地測量部の測量手柴崎芳太郎と案内を務めた地元の宇治長次郎らの苦闘を描いたものだ。実在の人物をモデルにした山岳小説の傑作といわれている。
 柴崎が所属した参謀本部陸地測量部は現在の国土交通省国土地理院の前身で、当時、5万分の1の地図作成作業を進めていた。その中で最後まで残されたのが剱岳を含む立山周辺の山岳地帯だった。立山周辺の空白域を埋めるためには剱岳山頂に三角点を設けなければならない。その仕事を命じられたのが柴崎だった。しかも、剱岳初登頂を狙って動き出していた山岳会(現在の日本山岳会)に先んじて。
 弘法大師が草鞋千足を費やしても登ることが出来なかったと伝えられた剱岳は、立山信仰を表現した立山曼荼羅の中に針の山として描かれ、登ってはならない山、登っても生きて帰れない山、と信じられていた。それだけに柴崎らの剱岳登頂計画は、立山信仰登山の基地として栄えた地元・芦峅寺の立山案内人からは冷たい目で見られた。
 柴崎にとって剱岳登頂は空白域の地図作成という任務の中の一部にすぎず、剱岳以外の三角点設置作業も困難を極めた。そんな中、梅雨の中休みを狙って剱岳東面の大雪渓を詰め、岩壁を登りきった長次郎ら4人の偵察隊が遂に山頂を踏んだ。初登頂だったはずの山頂で長次郎らは錆び付いた剣の穂先、錫杖の頭を見つけた。既に修験者らしき人が登っていた証拠で、しかも遺物は千年以上も前のものと推定された。
 梅雨明け後、柴崎も山頂に立ったが、計画した三等三角点を設置するための重い資器材を運び上げることができず、標石のない四等三角点の設置にとどまった。命を懸けた苦闘の末、山岳会との競い合いに勝って登頂を果たした柴崎率いる測量隊だったが、初登頂ではなかったことが分かって「剱岳初登頂」を命令した陸地測量部の軍幹部の反応は冷ややかなものだった。しかし、競争相手だった山岳会は柴崎の成功を「初登頂」として高く評価、柴崎を泣かせた。

 「点の記」とは三角点を設定した際の作業記録で、一等から三等三角点までの設置記録が残された。標石が埋設できず四等三角点となった剱岳については記録がまったく残されていないという。新田次郎は出版社の協力で丹念に資料を集め、関係者に会い、現地を訪れて山頂も踏み、「剱岳 点の記」を書き上げた。
 綿密に計画を練り、冷静に行動する柴崎と、控えめながら豊かな登山経験と確かな技術、並外れた体力・脚力を持つ長次郎の絶妙なコンビ。加えて、手伝いの測夫や案内人、資器材などを運ぶ人夫ら測量隊員への思いやりある柴崎の対応が偉業達成へと導いたといえるのだろう。柴崎は登山隊のリーダーというだけでなくプロジェクトチームのリーダーとしてのあり方を見せるものでもある。
 柴崎をリーダーとする測量隊が剱岳に登ってから今年で102年。剱岳には別山尾根、早月尾根の2つの一般登山ルートが拓かれ、多くの登山者が訪れている。しかし、今も人を簡単に寄せ付けない峻険な岩の殿堂であることには変わりない。
 私の15年前の立山・剱岳登山は天気に恵まれた。室堂から一ノ越を経て雄山(3003メートル)に登り、尾根を大汝山(3015メートル)から別山(2880メートル)に向かった。別山の正面に全貌を現した兜のような剱岳に圧倒される思いだったのを覚えている。その日は剱沢の剣山荘に泊まり、翌日、別山尾根ルートで山頂を目指した。一服剱、前剱から難所のカニノタテバイをよじ登り、山頂に立った。富士山も遠望できる360度の大展望に息を飲む思いだった。
 剱岳山頂には2004年、「剱岳測量100周年記念事業」の一環として国土地理院により柴崎が果たせなかった三等三角点が設置され、標石が埋設された。最新の測量技術により剱岳の標高は1メートル高くなって2999メートルとなった。
 「剱岳 点の記」を読み返し、映画の封切りを楽しみにするとともに、剱岳再訪の思いを強くした。

(O.K=静岡市在住)

雪を頂く剱岳(天狗平から)=2006年4月撮影

雪を頂く剱岳(天狗平から)=2006年4月撮影

夕暮れの剱岳(新越山荘から)=2006年8月撮影

夕暮れの剱岳(新越山荘から)=2006年8月撮影

剱岳を前に室堂乗越から剱沢に下る=1993年8月撮影
剱岳を前に室堂乗越から剱沢に下る=1993年8月撮影
後立山からの日の出(一服剱付近から)=1993年8月撮影
後立山からの日の出(一服剱付近から)=1993年8月撮影
前剱=1993年8月撮影
前剱=1993年8月撮影
カニノタテバイをよじ登る=1993年8月撮影
カニノタテバイをよじ登る=1993年8月撮影
剱岳山頂の祠=1993年8月撮影
剱岳山頂の祠=1993年8月撮影
タテヤマリンドウ=1993年8月撮影
タテヤマリンドウ=1993年8月撮影

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