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おとな派 読み物

【寄稿・わが至福の時】眺める山、富士山

2009/09/24

 「やっぱり富士山は登る山ではなく眺める山だった」。あらゆる表現で言い尽くされ、書き尽くされている富士山について「今さら、何を言っているのかね」と笑われそうだが、30年ぶりに4度目の山頂に立っての正直な感想だった。
 もちろん富士山の素晴らしさを否定しようというわけではないし、眺める山だからといって、その価値が失われるものでもない。日本一高いわが国を象徴する山であり、国民の誰もが一度は登りたいと憧れている山だ。登っても楽しいが、その魅力はやはり比類ない美しい姿、形にある。母校の校歌にもあった「八面玲瓏」とは富士山のためにある言葉と言っていいだろう。
 今回、富士山に登ったのは9月最初の日曜日。年々、体力が衰える中で「もう一度山頂を踏みたい」と急遽、思い立った。ありがたいことに静岡に住んでいると、富士山登山口へのアクセスは楽だ。

山頂から望むご来光


満月の下で夜明けを迎えた山頂。右が剣ヶ峰

朝日に赤く輝く剣ヶ峰直下の岩場

 登山シーズンが終わり、静けさを取り戻しただろうと到着した富士宮口新5合目の駐車場は、午前1時前で既に満車。ご来光を山頂で、という登山者が次々と出発していた。
 登山道は満月の明かりに照らされて懐中電灯がいらないほど。山頂に続く黒々とした斜面がシルエットのように月明かりに浮かび、所々に登山者の懐中電灯の光が揺れて行く先を示してくれる。火山の岩と砂礫の歩きにくい単調な登山道は、疲労感を倍加させる。それでも順調に山頂の浅間大社奥宮直下まで来たところで、登山道が渋滞。午前5時過ぎのご来光に間に合わないのでは、と焦ったが、何とか雲海に上るご来光を拝することができた。
 最高峰の剣ヶ峰(3776メートル)は記念撮影する登山者の順番待ちが出来ていた。剣ヶ峰の旧測候所脇から満月の下にくっきりと浮かぶ見事な影富士を見ることが出来たのは幸運だった。隣で若い女性登山者がカメラのシャッターを押しながら感激のあまり涙を流していたのに感動したが、きれいな影富士の景観にも何か物足りなさが残った。その物足りなさは、影富士ではなく本物の富士山が見えないことだった。
 あたり前のことだが富士山頂からは美しい富士山の姿を眺めることはできない。「富士山の見えない富士山なんて」。逆説的に言えば、それが富士登山の最大の欠点なのだ。富士山の見える山に登って、富士山が見えないと喜びは半減する。汗を流して登った山頂から眺める富士山は、登山者にとって最高のご褒美なのだ。富士山の姿はそれほど登山者をひきつけてやまない。

 お鉢めぐりをしていて富士山の人気ぶりにあらためて驚かされた。最も登山者が多い河口湖口(吉田口)登山道の山頂付近は山小屋が立ち並び、富士山銀座と呼ばれる。ほとんどの小屋が今シーズンの営業を終わっていたが、小屋の前は弁当を広げる人や疲れ果てて座り込む人たちでごった返していた。
 富士山の登山者は7、8月のシーズン中だけで年間30万人に上る。そのし尿処理など環境面での保全対策に課題が残る富士山だが、文化的景観の保存を目指して世界文化遺産登録への機運が盛り上がっている。9月18日付静岡新聞が報告した「富士山世界文化遺産国際フォーラム」(9月6日、山梨県・富士河口湖町で開催)の詳報によると、招かれた世界遺産国際委員会の委員らはパネルディスカッションの中で「文化的景観を研究するものにとって文化的価値と自然的特徴を持つ素晴らしい山だ」「富士山は神の手によって刻み込まれたような山だ」などと高く評価したという。
 人気の観光地を訪れたようなお鉢めぐりをして午前10時前、砂礫に足を取られながらも無事、登山口に降り立った。厳しい高山の環境から植生が乏しい中で、6合目と7合目の間で珍しいムラサキモメンヅルやヤナギランの花が見られ、殺風景な斜面にちょっぴり彩りを添えていた。
 「富士山は登る山ではなく眺める山」とは、何度も登ったことがあるからこそ言えるのだろうが、やはり富士山の真価はその比類ない神々しいまでの美しい姿、景観にある。一日も早い世界文化遺産登録を願いながらガスの流れる富士山スカイラインを下った。

(O.K=静岡市在住)

満月の下に延びる影富士

剣ヶ峰で写真撮影の順番待ちをする登山者


波打つような見事な雲海

大にぎわいの富士山銀座

鳥居をくぐって富士宮口新5合目に下る

火山灰の砂礫地で良く見られるオンタデ

珍しいムラサキモメンヅル

登山道脇を彩るヤナギラン

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