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【寄稿・わが至福の時】紅葉と新雪の北アルプス餓鬼岳
2009/11/06
「この悪ガキどもが!」。言われたことも、言ったこともある「悪ガキ」。きれいな言葉ではない。「餓鬼」。広辞苑によると「悪業の報いとして餓鬼道に落ちた亡者」または「子供をいやしんでいう称」とある。感じのいい意味でもない。その「餓鬼」を冠した「餓鬼岳」は標高が2647メートルと、3000メートル級の高峰が連なる北アルプスにあって目立つ山ではない。しかも、登山口からの標高差が1600メートル余もあるとあって、頂上に立つには厳しい登りを覚悟しなければならず、登山者に人気のある山ではないが、その名前からして気になる山ではあった。秋も深まりを見せる10月中旬の早朝、山仲間と共に大町市の白沢登山口に立った。
山頂直下の山小屋泊まりで、山頂を往復してくる1泊2日の山行。真っ赤に色づいたモミジが「餓鬼岳へようこそ」とばかりにやさしく迎えてくれた。
餓鬼岳山頂からの槍ヶ岳と穂高連峰
白沢登山口
クサリや木橋を頼りに登る
白沢に沿った登山道は、流れに架けられた丸木橋を何度も渡り、木の梯子で岩を越えて、崖っ縁の桟道をクサリを頼りに慎重に進む。紅葉が真っ盛りの斜面から黄色や赤に染まった光が谷底に降ってくる。景観ポイントの「紅葉の滝」、これ以上魚も上れないという「魚止めの滝」は、錦の中から流れがほとばしり出て山肌に白い筋を描き、きれいなコントラストを見せていた。
沢筋を離れてホッとする間もなく、今度は落石の危険がある急斜面に取り付く。登山道の上方を見ると、いつ落石があってもおかしくないガレ場が続いている。8人のパーティーとあって、できるだけ距離を置かず、先に歩く人が石を落とさないように丁寧に歩を進める。それでも急坂にすべり、小石を落としてヒヤッとする。危険地帯を抜けると、ゴゼンタチバナの小さな赤い実が緊張した気分を和らげてくれた。
標高が2000メートルを越えて大凪山を過ぎると、樹間にようやく餓鬼岳が姿を見せた。南東側の大きく崩れてえぐられた斜面に、見事に黄葉したカラマツがスポットライトを浴びたように光る。山小屋までの標高差はまだ500メートルもあり、「百曲がり」と呼ばれる九十九折りの登りが待っていた。登り始めて7時間。好天が一変し、霙交じりの小雨が降り出した中、餓鬼岳小屋に入った。
餓鬼岳小屋は大正時代に狩猟小屋として建てられたという、今では珍しくなった大部屋一つの懐かしい雰囲気の山小屋だ。薪ストーブがたかれているが、隙間風にカーテンが揺れて寒い。雨は降り止まない。夜になると強風と共に雷も鳴り出した。明日の天気を心配しながらも疲れから、早々に眠りについた。
翌朝、まだ暗いうちに目が覚めると雨や風は止んだようで静かだ。外に出ると目の前にオリオン座が手が届きそうに輝き、見上げれば満天の星空が広がっていた。
前夜来の雨は雪に変わっていた。うっすらと積もった新雪を踏みながら山頂に向かう。振り返れば、新雪を頂いた燕岳、常念岳、大天井岳、穂高連峰、そして槍ヶ岳など北アルプスの名峰が、雲海から上る朝日を受けて明るさを一気に膨らませている。ハイマツに凍りついた雨滴と雪が赤く輝く。神々しいまでの景観に声も出ない。
小屋からわずか10分ほど。新雪をまとった、なだらかな山頂は北アルプスの全貌を見渡せるほどの大展望を用意してくれていた。槍ヶ岳に続いて双六岳、鷲羽岳、野口五郎岳、立山、剱岳、針ノ木岳、蓮華岳、鹿島槍ヶ岳と、ぐるっと見回しながら山座同定に寒さを忘れる。いずれもかつて山頂を踏んだ山だ。長年の山行の中でもこれほどの感激を味わったことは数えるほどだろう
餓鬼岳小屋の管理人に「餓鬼岳」の名前の由来を聞くと「北アルプスの中では子供のように小さい山だから」「崖やガレ場が多く、ガケ岳が餓鬼岳になった」などと伝えられているという。その恐ろしげな名前から登山者に敬遠されているとしたら不遇だ。「餓鬼岳は『孤高の魅力』あふれる山」と何かで読んだことがある。人気の縦走コースから外れていることもあって訪れる人が少なく、厳しい登りだが静かな山歩きを楽しむことができる。
餓鬼岳は名前からは想像もできない、素晴らしい展望を備えた魅力ある山である。その魅力に触れて以来、餓鬼という言葉が美しい響きを持ってきたから不思議だ。
◆ ◆ ◆
餓鬼岳登山の翌日から足の筋肉が悲鳴を上げ、階段の上り下りも辛い。筋肉痛は1週間ほど続いた。この年齢にして無理が出来ないことを思い知らされた山行でもあった。
(O.K=静岡市在住)
木の梯子で岩を登る
沢沿いに設けられた桟道
紅葉の白沢を遡る
大凪山付近で姿を見せた餓鬼岳
黄色に輝くカラマツ
新雪を踏んで山頂へ
朝日に光る氷と雪のハイマツ
新雪をまとった左から立山、剱岳、針ノ木岳
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