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おとな派 読み物
【寄稿・至福の時】富士山の初夢を願って貫ヶ岳
2009/12/15
「一富士 二鷹 三茄子」といえば、新年の初夢に見ると縁起がよいとされるものの諺だ。徳川家康にゆかりの駿河の国で高いものから順に富士山、愛鷹山、初茄子の値段を並べたものとも、駿河の国の名物を並べたものともいわれている。日本一の霊峰富士の夢を、年の初めにまず見たいという願いが込められているのだろう。気高く美しいその姿が日本人の心の故郷として、いかに深く刻み込まれているかを示すものといえる。年賀状の絵柄にも富士山は好んで使われる。白銀をまとって凛々しくも清らかな姿は、あらたまの年のあいさつ文に添えるにふさわしい。
師走の山行に山仲間が選んだのも静岡市と山梨県南部町境の樽峠から貫ヶ岳(897メートル)への富士山展望コースだった。南部町の石合川を遡る林道終点から樽峠に登り、尾根筋を平治ノ段、十国展望台、晴海展望台を経て貫ヶ岳へ。十国展望台、晴海展望台は屈指の富士山眺望ポイントとして知られる。12月初旬の雨の日の翌日、登山口のある南部町に向かう国道52号から青空に映える富士山が見え隠れし、好展望への期待が高まった。
十国展望台からの富士山
落ち葉を踏みしめて山道へ
もうすぐ樽峠
ところが登山口に近づくにつれ青空が消えてきた。局地的だが向かう山嶺にガスが湧き、まとわりついている。歩き始めて間もなく、杉木立の中の登山道は濃いガスに包まれた。尾根筋の樽峠に出てもガスは晴れない。「このままでは富士山を望めないのでは」。気持ちもガスに包まれたように晴れない。武田信玄が駿河を攻めるために開いたといわれ、後に徳川家康が甲州入りの際に通ったとも伝えられる樽峠には小さな一体の石仏が静かに佇み、峠らしい趣を残していた。
樽峠からこの日のコースの最高地点となる平治ノ段(937メートル)への急登に汗を流している時だった。急に明るくなったかと思うと幾条もの光の筋がガスの中を走った。美しい杉林の陰が白いベールを透かして黒々と浮かび上がる。斜面に張り付いていたガスの上に出たのだ。間もなく林の上には青空が広がり、振り向けば見事な雲海の遥か向こうに、雪をまとったわが国第二の高峰・北岳がピラミダルな姿を見せていた。思いも寄らなかった展望に足は止まったままで汗が冷えるのも忘れていた。
十国展望台にも極上の眺めが用意されていた。まさに「これぞ富士山」と言っていい景観なのだろう。優雅に、そして大らかに伸び伸びと裾野を広げて、その美しさを誇示するかのようだ。裾野を追って目を南に転ずれば、いかつい愛鷹連峰がかしずくように雲の中から頭を出している。「一富士 二鷹 …」とはこの光景から言われるようになったのではないかと想像を逞しくする。ここに来て富士山が見えなければどれほど悔しい思いをするだろうかと思う一方で、見えたら見えたで“見えすぎちゃって困る”ほどの霊峰に「ちょっぴり隠すところがあっても」などと勝手なことを考えながらカメラを向けていた。
十国展望台から貫ヶ岳までの尾根道は小さなアップダウンはあるものの、木々の間から富士山を眺めながらの快適な歩きができる。木立が途切れた晴海展望台からの眺めも申し分ない。中沢地区からの登山道と合流して一登りすると枯れススキの生い茂った貫ヶ岳山頂だ。富士山も見えるが木に遮られて展望はあまり良くない。山梨百名山の木の標識が朽ちて折れ、他の標識に寄りかかって立っている。その根元のススキに、お腹を大きくした一匹のカマキリがいた。寒さで動けないのか、じっと日向ぼっこをしているかのように静かだった。
帰路は中沢分岐まで戻り、中沢地区へ下る。手入れの行き届いた見事な杉林を抜け、山頂から1時間半ほどで中沢公民館前に下山。目に焼きついた富士の姿が、初夢に現れることを願って今年の山行を締めくくった。
(O.K=静岡市在住)
樽峠の石仏
ガスに走る光の筋
雲海の向こうに浮かぶ北岳
晴海展望台からの富士山と愛鷹山
貫ヶ岳山頂からの富士山
ススキに覆われた貫ヶ岳山頂
美しい杉林の中を下る
中沢地区から見た貫ヶ岳の山並
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