愛媛県に生まれ、中学まで野球をやっていた村上選手は、中学時代の体育の先生にやり投げを勧められ、今治明徳高校に入学してから競技を始めました。地肩の強さがあったものの、ボールをやりに持ち替えてのスローに慣れるまでは時間も必要だったそうです。しかし、3年時には76メートル54のジュニア日本記録、高校記録をマークしました。日本大学に進学後は、98年世界ジュニア選手権で3位入賞。4年時に初優勝した日本選手権は、北京五輪行きを決めた2008年まで9大会連続で王者の座を譲っていません。81メートル71の自己ベスト(日本歴代3位)を出したのは2004年、地元開催の愛媛リレーカーニバルでのこと。今でも投てきの感触は忘れていないそうです。「感覚的に頑張って投げた感じではなかった。やりへきれいな力の加え方が出来、楽な状態で投げられた」と振り返ります。アテネ大会に続く2大会連続の五輪代表選手に、やり投げの面白さや見どころなどを伺いました。(2008年6月6日取材)
しずおかスポーツView恒例、10個の質問をぶつける「クエスチョン10」。村上選手に、あれこれ聞いてみました。 人生の半分の時間をかけてきた「やり投げ」は、周囲の協力があってこそ取り組めたと村上選手は話します。周囲への感謝の思いを常にいだきながら競技する選手らしい宝物を披露してくれました。従来品と違い「ぶれない」というそれは・・・ 「読めるかなぁ・・・」と言いながらスラスラとペンを走らせた村上選手。色紙に書かれたのは1文字だけでしたが、村上選手の性格、競技への思いが集約されている1文字でした。 初めてやりを手にしてから早14年、人生の半分近くをやり投げに費やしてきた国内第一人者は、アジア大会では2つの銀メダルを手にしていますが、過去に出場した世界レベルの大会では納得いく結果を残せていません。5月に北京五輪の会場でプレ大会が行われ、フィールドの感触などを確かめてきた村上選手は「8月に、このフィールドで再度、投げる姿をイメージしてきた」と話しました。北京五輪A標準記録(81メートル80)突破の目標クリアは本番までおあずけとなってしまいましたが、日本選手権9連覇を達成し出場権を手にした村上選手は、本番に強い気持ちをもって臨みます。五輪への思いなどを、じっくりと語ってくれました。
降りしきる雨の中、北京国家体育場のピットに立った村上選手。悪天候の影響で1時間遅れの競技開始。「雨は嫌ではない。1投目から狙いにいった」と語ったものの、1投目は水たまりに足が滑ってファウル、2投目は「納得の行く試技ができた。ただ、やりが外を向いてしまい」78メートル21。3投目も76メートル台で、決勝に進むために出したかった80メートルに届きませんでした。国内では誰もが認めるやり投げ第一人者。村上選手の記録が伸びることが、日本のやり投げ競技の成長にもつながるはずです。アテネ、北京と2大会連続で出場した五輪。4年後のロンドンで、3度目の正直になればと願いたいものです。(デジタル編集部・吉本寿)