国内女子バスケットボールの最高峰WJBL(Women Japan Basketball League)、プレーのスピード感と男子にも負けない迫力で見る人をひきつけます。一念発起の学生生活を挟み、5シーズンぶりに戦いのステージに戻ってきた静岡市出身の選手が、富士通レッドウェーブの名木洋子選手です。復帰1年目の2007-08シーズンには、WJBLと全日本総合選手権(オールジャパン)の国内2大タイトルを獲得し、チームには欠かせない存在となりました。スタートの5人に名を連ねる機会は無かったが、シーズン合計26試合に途中出場。ここぞという場面では必ずといっていいほど起用されたリザーブ1番手(シックススウーマン)としてチームの指揮官からも信頼を寄せられている選手です。5シーズンぶりにコートに立ったWJBLは、どんな思いでプレーしていたのでしょうか。
1982年、静岡市に生まれた名木選手。静岡市立大里中学校から常葉高校に進みました。卒業後はWJBLの日立戸塚でプレーしたものの、わずか1年で廃部の憂き目に遭い、出身地の静岡市に本拠地を置くシャンソン化粧品のシャンソンVマジックでプレーすることになりました。しかし、1シーズンプレーして出場した試合は、わずか8試合。「自分のバスケットを磨き直そう」と思い立ち、愛知県にある桜花学園大へ進学。学生時代にはユニバーシアード日本代表としてトルコ大会のコートに立ちました。2005年の岡山国体では、静岡県選抜(成年)のメンバーとして準優勝しています。遅咲きともいえる名木選手が語ります。 さまざまな角度からの一問一答。名付けて「Q.10(クエスチョン・テン)」。名木選手の素顔に迫ります。 高校卒業後、大学を含め4ームを渡り歩いた末にやっと「リーグチャンピオン」の称号を得た名木選手を「苦労人」と形容する関係者もいます。中学の部活動でバスケットボールを始め、25歳で国内トップレベルのリーグで優勝メンバーとなった名木選手には、大切にしているものがありました。それは・・・
「頭の中が真っ白になっちゃうかもしれません」と取材前に話した名木選手に、2005年の岡山国体の取材を思い出しました。岡山国体バスケットボール競技成年女子の決勝のコートに、当時、大学生だった名木選手の姿がありました。長崎県選抜とのファイナル、惜しくも優勝はできなかったものの、名木選手の実業団時代のプレーぶりを知る私は、迷わず試合後のインタビューを申し込みました。試合の感想などを伺おうとマイクを向けると、「・・・・」。にこやかな表情で「頭の中が真っ白になっちゃった・・・」と言ったのです。必死にプレーしていた証しだったかもしれません。コートの外でも和やかな空気をつくり出す人柄ですが、コートに立つと誰よりも声を出し、チームを盛り立てます。そんな名木選手が今季は、先発メンバーとして活躍してくれることを期待しています。(デジタル編集部 吉本寿)