3つ違いの姉の影響で5歳のときに水泳を始めたという松本選手。五輪を意識したのは2000年、オーストラリア・シドニー五輪のイアン・ソープの泳ぎにあこがれてからだったといいます。 「水泳は個人競技と思われているかもしれないが、チームの流れがあり、1人でやっている思いはない」と話す松本選手。北京五輪でもJAPANチームが良い流れを作るレースを見せてほしいものです。男子800メートルリレーに出場する松本選手は、高校時代に比べると胸板も一段と厚くなり、日本水泳界期待のホープの1人となりました。「リレーで泳ぐのは1番目でなければ、何番目でもいい。高校の後輩(物延靖記選手)もリレーメンバーになってうれしい」と話します。初めて臨む五輪は「1番泳ぎたかった舞台」と言う松本選手に、北京での目標などを伺いました。(2008年6月11日取材)
茨城県出身の松本選手は中学3年のとき、全国中学総体200メートル自由形で5位入賞。茨城県でコーチをしていた飛龍高OBにスカウトされて、「水泳をやるために」沼津市にやってきました。高校1年の夏、全国高校総体に出場し、自由形200メートルで「3位」。初めて臨んだ高校クラスの全国大会で表彰台に上がりました。「高校に入学してから全国で戦えるようになったので、大事な3年間でした」と沼津で過ごした高校時代を振り返ります。 五輪に出場したい思いを強くもち、社会人となってから一時期陥ったスランプも乗り越えたという松本選手。沼津市で開催された五輪壮行会の席上、元チームメートや後輩たちからは熱い声援が寄せられました。 高校時代から取材している記者が数年ぶりに会った松本選手は、184センチ、80キロの恵まれた体格。ひと回り大きくなったな、と感じましたが、おっとりとした話し方は変わっていませんでした。そんな松本選手に、10個の質問をぶつけてみました。スポーツView恒例「クエスチョン10」。 松本選手が好きな言葉を色紙に書いてもらいました。高校時代の恩師から教わったという言葉を、色紙いっぱいに書いてくれました。
「1番泳ぎたかった舞台」と北京五輪を形容していた松本選手。800メートルリレー予選でアンカーとして見せた泳ぎは、自己ベスト更新ばかりでなく日本新記録樹立へつながりました。決勝では「前半を抑え、後半に余力を残した。うまくいったと思ったが、それ以上に各国の選手は強かった」とレースを振り返りました。23歳にして臨んだ初の五輪。まだ世界との戦いは始まったばかりです。北京五輪には、松本選手と高校の1年後輩である物延靖記選手がリレーメンバーで出場しましたが、自由形で県勢選手がそろって五輪出場という場面を4年後、ロンドンの舞台で見せて欲しいものです。(デジタル編集部・吉本寿)