4歳のとき、ぜんそくの治療にとプールに通い始め、選手として競技会に出場し始めたのが小学4-5年のころ。23歳の誕生日を約1カ月後に控えた今年4月、東京・辰巳国際水泳場で行われた日本選手権200メートル自由形で「4位」となった物延選手は、自由形4×200メートルの日本代表入りを果たしました。子どものころを振り返ると「練習が嫌で、やめたいときもあった」といいます。しかし、続けてきたからこそ、日の丸をつけるスイマーになれたのは言うまでもありません。(2008年6月12日取材)
愛知県豊橋市出身の物延選手は、中学3年のときに全国中学総体の200メートル自由形で5位入賞。活躍を目にした飛龍高校スタッフから声をかけられた物延選手が、親元を離れ沼津での高校生活を選んだ理由は、単純明快でした。「今より水泳漬けだった」高校時代には、400メートル自由形で短水路高校記録を樹立し、リレー種目で3年連続全国大会の表彰台に上がるなど目覚しい成長を見せました。 しずおかスポーツView恒例「Q10(クエスチョン10)」。思わず「素」の物延選手が顔をのぞかせます。 日本代表として北京五輪出場が決まってから、友人から声がかかることが多くなったという物延選手。同じリレーメンバーには、高校の1年先輩の松本尚人選手がいます。高校時代、リレー種目で全国頂点に立ったコンビにも期待がかかります。北京五輪で見てほしいことは? 大会での目標は? さわやかに物延選手が答えてくれました。 初めての五輪のステージの臨む物延選手に、好きな言葉を色紙に書いてもらいました。北京のプールでも、こんな姿が見られるのではないでしょうか。
初めて臨んだ五輪の舞台。800メートルリレー予選は第3泳者で日本新記録樹立、自己ベストも更新しました。「決勝に進むことが目標、もちろんメダルを狙います」と大会前に話していた物延選手の五輪での目標は半分実現できました。「ここで泳いで自信はついた。一方で世界のトップレベルにはまだ遠いということも分かった」と決勝レース後に語った23歳スイマーには、この先、世界との勝負が数多く待っていることでしょう。沼津で過ごした高校3年間に培った飛龍高水泳部スピリットを忘れずに、世界のトップスイマーへ仲間入り出来るようにと願っています。(デジタル編集部・吉本寿)